唐田えりか|父親と東出昌大の共通点!母には「もう辞めたい」と・・・母子家庭で姉と祖父母に育てられる

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https://www.youtube.com/watch?v=TsJoYmIsM5Y

東出昌大さんとの不倫騒動で大炎上後、表舞台から姿を消した唐田えりかさん。

今回はそんな唐田えりかさんの生い立ち、父親や家族についてまとめました。

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唐田えりかの生い立ちが壮絶

唐田えりかさんは、1997年9月19日生まれの現在22歳。

千葉県南部に位置する君津市出身です。

中学校は君津市立八重原中学校

高校は同窓生と思われる方がツイートしていたことから、千葉県立木更津東高等学校と言われています。

唐田えりかの父親は?

唐田えりかさんのお父さんについて調べてみますと詳細は出てきません。ただ、身長については唐田えりかさんは父親からの影響があるようです。

唐田えりかさんの身長は169cmと長身です。さらにお父さんは189cmと長身一家。すらっとしていてかっこよかったかもしれませんね。

東出昌大さんの身長は189 cm。同じ身長で東出昌大さんに父親を投影し、無意識に惹かれていったのかもしれません。

4歳年上(26歳)と2歳年上(24歳)の姉がふたりおり、姉たちの影響でファッション誌『Seventeen』を読み、桐谷美玲さんや榮倉奈々さんなどモデルに憧れを持っていたそうです。

ファッション誌を熱心に読み、モデル志望ということですから、杏さんがモデルとして活躍していた時代も羨望の眼差しで見ていたのかもしれませんね。

小学校のころからモデル事務所を探し、女優志望ではなく完全にモデル志望だったとのこと。

唐田えりか、母子家庭で育つ

2019年3月26日の唐田えりかさんのfacebookには生い立ちについてふれる投稿があります。

姉が結婚式を挙げました。
ずっと一緒で、これからも当たり前のようにずっと一緒だと思っていた姉がお嫁さんにいく姿を見て、
嬉しさと同じくらい寂しくて、
絶対に幸せになってねと、ずっとずっと祈っていました。

私の家は母子家庭で、母は仕事であまり家に居なかったけれど、遊びたくて仕方ない末っ子の私は、
いつも姉にべったりとくっついていました。
姉から沢山のことを教わり学んで、
今日あったこととか、たわいもないことも、悩み事も全部話し、一緒にご飯食べて、お風呂入って、寝て、寝坊して起こされて、バタバタと一緒に登校して。
喧嘩もしたけど、勝ったことはありません。
今でも何でも話しあって、褒められたり、怒られたり。
母に迷惑をかけまいと、いつも努力していた姉の頼もしい背中を見て、私は成長しました。
真っ直ぐと導いてくれていました。

そんな姉の背中が、旦那さんと二つになって、
大きくて、本当に幸せそうで、私も本当に幸せです。
そしてカメラマンとして泣きながら必死に写真を沢山撮りました。笑 どれも全て宝物です。
本当に綺麗だったよ。おめでとう。絶対幸せになってね

(引用:https://www.facebook.com/erikakarakara/posts/1252025574974031/)

父親と離れ離れになった時期について触れられていませんが、
姉にべったりとくっついていたということから、
わりと幼少期に母子家庭になったのかもしれませんね。

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祖父が父親がわり

不倫報道を受けて、実家の取材に対応した唐田えりかさんの祖父。

「お母さんももちろんですが、“お父さん代わり”を務めてきたお祖父ちゃんも、今回の報道で、憔悴しています」(唐田家の別の知人)
(引用:https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1823461/)

家族は、母親、姉3人の他、祖父、祖母という構成のようです。

同居していたおばあちゃんは、唐田えりかさんの芸能界入りには当初大反対していたようですが、今では一番のファンで、切り抜きをファイルしているとか。

父親代わりのおじいちゃんも唐田えりかさんの芸能活動を応援しているようです。

 初めてのCMが決まったとき、祖父もそのCMのサービスに登録してくれたんですけど、電話相手に私の話をずっとするんです!「孫が出ているから登録するよ」って。相手の方もびっくりしちゃいますよね(笑)。

(引用:https://dot.asahi.com/dot/photoarticle/2018060400060.html?page=1)

マザー牧場でスカウトされ芸能界入り

唐田えりかさんのデビューのきっかけはマザー牧場です。

 

高校2年になる前に、マザー牧場で子どもたちが遊ぶ広場受付を担当。

休憩時間直前に、現所属事務所のマネージャーの方に声をかけられ、名刺を渡されたということです。

その日、マスクをしていたんですけど、当時のマネージャーさんに「子どもと一緒に写真を撮ってください。せっかくだからマスクも取ってください」って話しかけられたんです。マネージャーさんはプライベートで来ていたから名刺も持っていなくて、急いで売店で牛のボールペンを買って、パンフレットか何かをちぎった紙に名前とかを書いて渡してくれました。

(参考:https://dot.asahi.com/dot/photoarticle/2018060400060.html?page=1

芸能界入りについては母は賛成し、現在の「フラーム」に所属となりました。

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母には「もう辞めたい」と・・・

事務所「フラーム」に所属当初は、オーディションを受け続けるも、落ち続けていたそうです。

小さい頃からモデル志望で、演技に苦手意識を持っていたようです。

そのころお母さんには「もう辞めたい」と言っていたようです。

「ずっとつらくて、毎日泣いていました。演技を楽しいと思えない、自分には向いていない。女優を“やらなくてはいけない”になってしまっていて、勝手に自分で自分を苦しめていたんです。18歳で上京して20歳までがんばって、そこで向いていないと思ったら辞めると、母と約束していました」

(引用:https://www.oricon.co.jp/confidence/special/51180/)

そんな時、オーディションで選ばれたのが、映画『寝ても覚めても』

オーディション現場では、「演技は楽しいですか?」ときかれ、「楽しくないです」と答え合格!

「どういう作品、役柄かも知らされないオーディションでした。プロデューサーさんと濱口監督と世間話をしているときに、演技を楽しいと思えないことも正直に伝えていて。手応えもまったくありませんでした。でも、オーディションが終わってから台本をいただいて、こういう作品だと知ってから、絶対に出演したいと思ったんです。受かったと聞いたときには、運命のようなものを感じました」

(引用:https://www.oricon.co.jp/confidence/special/51180/)

映画の音楽を担当するtofubeatsさんのPVにも出演。

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おわりに

唐田えりかさんの生い立ちと芸能界入までの経緯をまとめました。

かつてないほどの大バッシングにあっている唐田えりかさん。今後どのような経過をたどるのか注目したいと思います。

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