小室佳代の生い立ち|弟の謎・貧しい幼少期と反社や宗教との繋がりとは?

小室佳代の生い立ち|弟の謎・貧しい幼少期と反社や宗教との繋がりとは? 都市伝説

眞子さまと婚約している小室圭さん。
その母親の小室佳代さんには金銭トラブルや様々な噂が取り沙汰されています。

“息子が皇族と婚約”という母としてある種の偉業を成し遂げた小室佳代さん。どのような生い立ちだったのでしょうか?

小室佳代さんは、父、母、弟の4人家族であり、幼少期は貧しい暮らしの中、母の病気のケアなどかなりの苦労が垣間見れます……。

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小室佳代の生い立ち

小室佳代さんは、1966年8月27日
神奈川県藤沢市生まれの、現在55歳。

旧姓は角田です。

父親は、角田 国光さん
母親は、角田 八十子(やそこ)さん
そして弟が1人います。

まずは小室佳代さんのご両親について見ていきます。

小室佳代の母親の実家は?

小室佳代さんの母親八十子さんの実家は下駄屋さんです。
八十子さんは鎌倉市内の寺の敷地内にあった3畳ひと間の借家
両親と八十子さん3人で住み込み下駄屋さんを営んでいました。

八十子さんの母親の職業は、ハウスキーパーです。
八十子さんは両親とともに、お寺にあった借家から引っ越し、
八十子さんの母親が勤務する横浜市内の会社の寮で暮らします。

「八十子さんは高校時代に鎌倉市内のお寺の敷地内にあった3畳ひと間の借家に、家族3人で住み込んで下駄店を営んでいました。 そして、お寺からまた引っ越されて、八十子さんのお母さんがハウスキーパーをしていた横浜市内のとある会社の寮に、ご家族でしばらく生活されていたんです」
引用:https://www.excite.co.jp/news/article/Jprime_10240/?p=2

その後、八十子さんは国光さんと出会い、
1966年8月27日に小室佳代さんが長女として誕生しました。

国光さん、八十子さん、八十子さんの両親、佳代さん、弟の6人家族で寮にしばらく住んでいました。

その後一家が暮らしていた寮が取り壊しになり、
1977年に藤沢市内の平屋に引っ越します。

「’74年ごろに寮が取り壊されるなどの事情で“家がなくなるから困っている”との相談を受けたので、私が仲介して藤沢市内の平屋に引っ越されたんです」(八十子さんの同級生)
引用:https://www.excite.co.jp/news/article/Jprime_10240/?p=2

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小室佳代の父親の職業は?

小室佳代さんの父親、角田国光さんは、高校卒業後に横浜市港北区日吉にある東和製作所で定年まで勤め上げたと言われています。

「『東和製作所』は、缶ビールの缶や段ボールを作る機械の部品を製造する工場でした。角田さんはとてもまじめで仕事熱心な“職人気質”の方でしたね。5~6年前に角田さんがおひとりでふらっとうちの工場に挨拶に来られて、義理堅い方だなと思いましたね」(国光さんを知る工場関係者)
引用:https://www.excite.co.jp/news/article/Jprime_10240/?p=2

東和製作所は従業員10名以下で年商8000万円と小規模の町工場であることから、収入はそれほど多くはなかったことが想像されます。

そのような経済状況の中、大黒柱として父国光さんは、一家6人を支えていました。

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小室佳代の母親、リウマチで新興宗教に入信

小室佳代さんの母親、八十子さんは、若い頃からリウマチを患い、症状が悪化していったといいます。

自分の身の回りの世話も難しくなり、心身ともに落ち込む日々を過ごしていたようです。

「八十子さんは佳代さんと弟さんを出産される直前くらいから、全身がリウマチになって簡単に外を出歩けなくなったんです。手足がかわいそうなくらい細くなり、本人も心身ともにそうとうまいっていたようです。
外食や旅行なども当然行けないので、ご家族は基本的にご自宅で過ごされていました。佳代ちゃんも、お母さんのお世話をされていたのだと思いますよ」
引用:https://www.excite.co.jp/news/article/Jprime_10240/?p=2

長い闘病生活の中で八十子さんは新興宗教である大山ねずの命神示に救いを求めました。

大山ねずの命神示は過去に「私のなすことは神のお告げ」として教祖と幹部による猥褻事件や、信者による悪魔祓いを理由としたバラバラ殺人事件で話題となった教団です(参照:週刊新潮 2019年9月19日号)。

「圭さんの祖母・八十子さんは若い頃からリウマチにかかって、例えば風呂に独りで入れず、家族に助けてもらうような状態だったんです。長い闘病生活の中で、メンタルの方も辛かったのでしょう、大山ねずの命に救いを求めたのです」
引用:https://www.dailyshincho.jp/article/2019/09101700/?all=1

その新興宗教は、「大山ねずの命神示(おおやまねずのみことしんじ)教会」。
小室佳代さんの名前の名付け親は、教団関係者といわれており、
佳代さんも信者ではないかと報じられています。
引用:https://www.dailyshincho.jp/article/2019/09190801/?all=1&page=1

小室佳代さんや小室圭さんの名付け親も教団の関係者と言われ、一部報道によると小室佳代さんも信者ではないかと言われています。

宮内庁関係者によると、
「佳代さんが母の八十子さんが入っていた新興宗教に帰依していることがわかりました。『佳代』という名前はこの教団の関係者が名づけ親のようです。『圭』はもちろん、『佳』から取られたもの。ただ、最近は行事に顔を出す機会はないようです。婚約が暗礁に乗り上げているせいで、表立った活動は控えているのでしょうね」
引用:https://www.dailyshincho.jp/article/2019/09190801/?all=1&page=1

貧しい家庭環境で、母親の病気のお世話など、アダルトチルドレンや、ヤングケアラーに当てはまるような壮絶な幼少期を過ごしてきた小室佳代さん。どのような青春時代を過ごしていたのでしょうか?

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小室佳代の学歴

小室佳代さんは、神奈川県藤沢市内の小中学校を卒業。

佳代さんは、亡き夫・敏勝さんの出身地である神奈川県藤沢市に小学3~4年生のころに引っ越してきたという。海からほど近い地域で、佳代さんは地元の市立小・中学校を卒業した。(引用:週刊女性)

小室佳代さんの出身高校は、相模女子大学付属高等部です。
偏差値:53-61
出身者には、松嶋菜々子さんがいます。

「角田(旧姓)佳代ちゃんは転校生で、おばあちゃんとご両親と弟の5人家族でした。高校からは相模女子大学の附属に進学していたと思います。近所同士だったので、佳代ちゃんの家や私の家を行き来して遊んでいたこともあります」(引用:週刊女性)

大学は相模女子大学短期大学部に進学。
横浜市役所に勤務する公務員の小室敏勝さんと出会い、
短大卒業後、就職することなく23歳で結婚。
1991年10月5日に小室圭さんが誕生します。

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夫は明大卒の公務員

小室佳代さんの元夫であり、小室圭さんの父小室敏勝さんは
明治大学理工学部建築学科を卒業しており、一級建築士の資格を持っていました。
性格はとても穏やかで佳代さんの言うことを「そうだね」と優しく肯定する方だったようです。

小室圭さんが国立音楽大学附属小学校に進学にあたり、国立市に一家は引っ越ししますが、敏勝さんは職場まで片道1時間半かけて通勤していたといいます。

仕事も一生懸命でね。小室さんの国立音楽大学附属小学校の進学に合わせて東京・国立市に引っ越してからは、勤務先の横浜市役所まで通勤するため、朝は小室さんが寝ている6時には家を出て、小室さんが寝てから帰ってくるような生活だったようです
(引用:https://www.news-postseven.com/archives/20201222_1622358.html?DETAIL)

小室圭さんが誕生した当初は、一家3人でアパート住まいをしていました。その後、敏勝さん名義でマンションを購入。
佳代さんの両親、敏勝さん、佳代さん、圭さん、5人で住むようになりました。

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夫の自殺、原因は?

小室佳代さんの夫、敏勝さんは2002年に多摩川の河川敷で自殺しました。

当時、小室佳代さんはご両親と二世帯住宅の建設を計画していました。
その際、敏勝さんの両親に金銭的な支援を頼んでいましたが、
小室佳代さんが様々こだわり予算を大きくオーバーしてしまいます。

これがきっかけで嫁姑の間が悪くなり、敏勝さんは間を取り持ち、精神的に疲弊していったといいます。

さらに仕事のストレスもあったようです。
片道1時間30分の通勤時間という過酷な毎日と
部署異動で望む仕事ができず、上司との関係も悪化していたといいます。

周囲からは明らかに心の病がわかるほどであり、
「心療内科に通わせたほうがよいのでは?」と小室佳代さんにアドバイスしたところ
小室佳代さんは「いやよ」と断ったと言います。

家庭のトラブル、仕事のストレスから居場所がなくなった敏勝さんは、亡くなる数ヶ月前から、行方不明騒動を度々おこし、2002年1月に自ら命を経ってしまいました。その時小室圭さんは、小学校4年生でした。

亡くなる前日、正月が空けて間もない寒空の下、パジャマとサンダルで出ていってしまい、知人とともに捜索していたといいます。

心配して駆けつけた敏勝さんの父親に対して、
小室佳代さんは罵声を浴びせかけたと言われています。
その1週間後、敏勝さんの父親も自殺し、
さらにその1年後には、敏勝さんの母親も亡くなりました。

 小室さんの父・敏勝さんが、前日の未明に自宅を出て行ったきり、戻ってこない。パジャマ姿にスリッパを履いたままの状態で、24時間以上がゆうに経っている。知人の協力を得て自宅周辺をいくら捜しても見つからない……。

重苦しい空気を意外な形で切り裂いたのは佳代さんだ。突然、仁王立ちになって大声で義父に向かって怒鳴り散らし始めたのだ。

「小室は自殺している! それは全部あなたたちのせいだ!」

反論せず、じっと床を見つめて耐えている祖父の頭上に、更なる怒鳴り声が突き刺さる。

「あなたたちの愛情が足りないから彼は自殺したんだ!!」

小さな祖父の背中は、佳代さんの大声に反応する機械のように、罵声を浴びるたび、どんどん丸く小さくなる。その怒号がやんだのは、見かねた親族が割って入ってからだった。
(引用)https://www.news-postseven.com/archives/20201217_1621330.html/2

(参照)https://www.news-postseven.com/archives/20201217_1621330.html/2

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小室佳代さんと反社との関係

小室佳代さんと元暴力団関係者との付き合いが報じられています。

付き合いは、元夫の敏勝さんとその父の善吉さんが自殺した後、
遺産相続をめぐり、暴力団関係者に交渉を依頼しようとしていたといいます。

敏勝さんの父の善吉さんの遺産について
孫の小室圭さんも相続する権利があると主張したいと考えた小室佳代さん。

しかし、嫁姑で小室家と揉めていたため、自ら交渉するのを嫌がったようです。

小室佳代さんは、夫が亡くなった時、度々、暴力団関係者が経営していた飲食店を訪れ、これからの生活について涙ながら相談していたようです。

その暴力団関係者はそんな佳代さんを気の毒に思い、度々食事をごちそうしていたといいます。

佳代さんは、相続問題について、夫の実家は相手にしてくれないと言い、交渉するよう暴力団関係者に相談。同情していたため引き受けたということですが、実際は夫の実家は、きちんと誠実に対応してくれ、小室佳代さんのところに遺産が入ったと言います。

そして遺産問題が解決すると、小室佳代さんの態度は豹変し、交渉依頼した暴力団関係者に突然手切れ金を渡してきたといいます。

小室佳代さんに同情し、気持ちで動いていた元暴力団関係者の方は呆れ、そのお金を受け取らず、絶交したといいます。

(参照)https://www.jprime.jp/articles/-/20889

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小室佳代の弟の存在が隠される理由とは?

小室佳代さんには弟がいますが、なぜか全く報じられることはありません。

小室佳代さんの弟は横浜在住ということですが、小室佳代さんと絶縁状態といいます。

小室佳代さんの周辺人物について、例えばご両親、元旦那さんや、旦那さんのご両親など一般人であるにもかかわらず詳細に情報が報じられているものの
弟さんについては一切触れられていません。本当に消息不明なのでしょうか?

眞子さまと小室圭さんが結婚した場合、
眞子さまの義理の叔父にあたる小室佳代さんの弟。

ネット上には様々な噂がささやかれています。
いずれも「角田」という苗字と横浜という地域から推測する内容ですが、
どれも確証はなくデマである可能性が高いようです。

今後明かされることはあるのでしょうか?

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おわりに

小室佳代さんの生い立ちについて、報じられている内容をまとめました。稀有な人生を送られている小室佳代さんの今後の展開も気になります。

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