宮沢りえの生い立ちが壮絶|父はオランダ人・ピアニスト!

宮沢りえの生い立ちが壮絶|父はオランダ人・ピアニスト! 美人女優・タレント

11歳からデビュー以来、芸能界の第一線で活躍し続ける女優の宮沢りえさん。
宮沢りえさんの実の父はオランダ人の船乗りですが、その後母の光子さんが再婚し義父はピアニストです。

複雑な家族構成の中で育った宮沢りえさんの生い立ちは、自由奔放な母に影響され壮絶なものでしたが、母親の芯のある考え方や周りの大人の優しさから、まっすぐに育ったようです。

スポンサーリンク

宮沢りえの父はオランダ人・ピアニスト

宮沢りえさんの父は、実父と義父の2人います。

実父はオランダ人の船乗り

宮沢りえさんの実の父親は、オランダ人の船員でした。
宮沢りえさんの母、光子さんが外国語を勉強するためにヨーロッパへ渡った時
船の中でオランダ人船員と出会い恋に落ちます。
その時に出会った方が宮沢りえさんの父親です。

母の光子さんは、そのままオランダ人船員と結婚し生活を共にすることに。

しかし、オランダの田舎生活を退屈に感じた光子さんは、数ヶ月で日本に帰国。
帰国後、1973年4月6日、光子さんは宮沢りえさんを出産します。

オランダ人の父親は、光子さんを追い日本にやってきますが
文化の違いから二人は離婚します。

宮沢りえさんは実の父について、顔を覚えていないといいます。
自分が日本人とオランダ人のハーフであり、
小さい頃から母親には父の存在や、ふたりの恋愛について知らされていましたが、
会いたいという思いはなかったといいます。

スポンサーリンク

義父はピアニスト

母の光子さんは、オランダ人男性と離婚後、
宮沢りえさんを、姉夫婦に預け
容姿の美しさを生かし、銀座や六本木でホステスなどをして生活をします。

りえママの太った原因は子宮がん|若い頃は美しかった

その時、クラブで出会ったピアニストの小沢典仁さんと1976年1月に再婚し、
宮沢りえさんと3人で生活をします。

1977年は二人の間に男児が生まれ、
弟の誕生を宮沢りえさんは喜んでいたといいます。

しかし、その生活も長くは続かず、
光子さんが、旦那さんの小沢典仁さんの男友達と遊びに行ったということをきっかけに
宮沢光子さんは、授かった男の子とはもう二度と会わないと約束し、
離婚に至ります。

スポンサーリンク

おばに育てられた幼少時代

宮沢りえさんは、生まれた直後から小学校4年生の頃までおば一家に育てられています。

母は、銀座や六本木のクラブで働き、都心に暮らし、
宮沢りえさんは、練馬区大泉学園町に住む、母の姉さつ子さんとその夫、息子たちとともに暮らしています。

叔母は自分の子と同様にりえさんを育て、愛情いっぱいな日々は、宮沢りえさん曰く、とても幸せな毎日だったといいます。幼少期はショートカットで従兄弟と共に木登りなどをし、よく男の子に間違われるほど活発だったとインタビューで答えています。

母親とは離れて暮らしたものの、叔母一家の温かい家庭で幼少期を過ごしたことで、卑屈になることなくまっすぐに育ったようです。

スポンサーリンク

母の再婚・孤独な夜を過ごす

母の再婚後は、義父と3人暮らしをしますが、
母も義父も仕事は夜間のため、りえさんは夜一人で過ごしており
不憫に思った近所の方が、りえさんにおにぎりを差し入れたりしていたようです。

義父の小沢典仁さんのインタビューによれば、
母の光子さんは、自分以外の愛をりえさんが受け取り、その相手に好意を持つようになることをよく思わず、近所の方からの親切も嫌っていたようです。

母と義父との間には男児が誕生するも、その後すぐ離婚し、
光子さんは、保険外交員などをしながらりえさんを育てます。

スポンサーリンク

11歳でデビュー

宮沢りえさんは、小学校卒業まで練馬区大泉学園で暮らしています。
近所でも評判の美少女で、芸能事務所からスカウトの声が頻繁にかかっていましたが、
母光子さんは、りえさんが「やりたい」というまで断り続けていたようです。

数多くの資生堂のCMに出演していた山口小夜子さんに憧れ、11歳からモデルとなります。その後、三井のリハウスのCMで多くの注目を集め、芸能界の第一線活躍し続けます。

りえママ、枕営業強要の噂の真相とは?

宮沢りえの生い立ちまとめ

宮沢りえさんは、1973年4月6日東京都練馬区生まれで現在48歳。
母は宮沢光子さん、父はオランダ人の船員で、幼少期に別れ、宮沢りえさんは実父の顔を知らぬまま育ちます。
3歳のころ、母がピアニストの小沢典仁さんと再婚。
母、義父、りえさん3人暮らしが始まり、翌年1977年に弟が誕生。
りえさんは弟ができたと喜んでいたようですが、程なく離婚し、その後、義父、弟と会うことはなかったといいます。
小学校4年生のころまで、母の姉さつ子さん一家に育てられました。

11歳でモデルデビューしその後芸能界の第一線で活躍。

1992年に貴花田との婚約発表後、2ヶ月後に婚約解消し、様々な憶測が飛び交います。

拒食症の噂や、様々な芸能人との交際も報じられ、
母とともに、アメリカ・サンディエゴに移住し一時芸能活動を休止。

2000年から徐々に女優復帰し、
2009年4月に元プロサーファーでサングラスメーカー・オークリーの社員と結婚し5月に第一子を出産。
2016年に約4年の離婚協議を経て、離婚成立。

2018年にV6の森田剛さんと結婚。

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました